構想15年、試験栽培11年、おかむらさきを瀬戸内海の気候で育て続けてここまで来ました。全部書きますのでご覧あれ。
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2013年08月13日 (火) | 編集 |
お盆です
いつもは考えないことも
たまには真剣に考えるというのも
なかなか楽しい。

私も
40代になった頃
「仏教とは何か?」
「ひとは現実世界の中で
何をどう信じるべきか?」

いろいろ考えましたわ。

信仰というのは
それほど難しいのです

神は存在するのか
そういうことは
黙っていた方がよろしい

ひとはそれぞれに
何かを信じ
何かは信じていない
何かを語れば
誰かを否定する

それは正しい言葉では無い
正しい意見というものは
おそらく存在などしないのですわ。

それでも
仏教の中には
それ以外のことが存在しておるのやなぁと

気付いた40代でありました。

それは
仏教の根本「諸行無常」
万物は流転する

おそらくこの世はそれがすべて

問題はその原始仏教と
身の回りの「仏さま」とを
どう位置付けて
納得するかということです。

私の場合は
浄土真宗、親鸞さまです。

阿弥陀信仰
阿弥陀如来にすべてを任せて

南無阿弥陀仏を唱えなさい

それはどういうことなのかと
理屈付けをしておりました。

およそ
現代のいかなる宗教家でも
あほらしくてやらないことを

考えておりましたわ、ずーっと。

そしたら
答えは出てくるものですなぁ

ゴーダマシッダールタさまと
親鸞上人は
同じことを語っておられるんやと

私の頭の中で
ぴぴっと繋がりましたわ。

ここから先は
私の勝手な思い込み

お時間がありましたら
少しだけお付き合い下さいませ。

阿弥陀如来とは
無量寿如来とも呼ばれます。

無量寿とは「不死、滅びないこと」

仏法の世界では
神も仏も全部滅びます

その中にいて
唯一滅びない者が阿弥陀如来

では
それはどういうことなのかと
ずーっと考えていたら

仏陀の言葉にたどり着きます。
「諸行無常」
何事も不変であることは無い
何事も誰も変わっていく
とにかく人は全部死ぬ
それはごく普通のことである

ということだけは「不変」だ
その「諸行無常」たげが
絶対に変わらない

それこそが
「無量寿如来」
阿弥陀様なんやなぁと

理解したのでございます。

だから
親鸞上人は
「無阿弥陀仏をととなうれば
この世の利益きわも無し」と
お説きになったんやろなぁ

全部あきらめろと
言うているのではありません。

そういうものなのだから
いちいち悩むなと

昨日のことはもう繰り返すことは無い
明日も明後日も
新しい日々は続く

そして
そのまま人は去る
何も手に入れられなくても
とにかく人は去る

それが普通
だから
今だけを何とか生きよう

せめて
正しいことをやっておこう
やりたいことはさっさとやっておこう

私は
そうやって生きております

解釈が間違っていたとしても
すっきりとした頭で
毎日を生きて行く

仏教とは信仰というよりも
生きて行く道「仏道」です。

道は続く
だったら
せめて楽しもうぜ、おぅっ。


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