構想15年、試験栽培11年、おかむらさきを瀬戸内海の気候で育て続けてここまで来ました。全部書きますのでご覧あれ。
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2011年09月28日 (水) | 編集 |


終戦の年
動員されていた大阪、船場の
飛行機の部品工場から
故郷に帰って来た。

港から焼け野原の向こうに
はるか遠くの栗林公園が見えた。
「戦争はいやだ」と後年、私にぽつぽつと語った。

故郷の山仕事で体を鍛えた。

静岡に単身、お茶の修行に旅立った。

農協に就職して
お茶の加工場を立ち上げた。

母と出会って恋をした。

初めての自動車
初めてのテレビ
初めての白物家電たち
42歳で家を建てた。

牛から耕運機へ、そしてトラクターへ
手刈りからバインダーへ、コンバインへ
初めての技術がこの国を席巻した時代。

昭和のすべてを駆け抜けた。
「楽しかったなぁ、父さん」

お見事な生涯でございました。
息子として誇りに思います。

人の死とは
突き詰めれば「記憶」なのです。

坂本竜馬が何度でも
時代を越えて蘇るように
自分がその人をどれだけ覚えているか
それがすべてだと思います。

心に刻んで忘れない
思い出す内容をきちんと覚えておく
そうすれば足元がぶれることは無し

さぁ、また明日が来る
明日はあなたがいなくても
やっぱりやってくるのでございます。

良き日々でありました
良き父でありました
ありがとうございました。

私はここから先へ進みます。
明日の向こうをめざします。

ご心配されませぬように

こんなにたくさんの仲間が
私を支えてくれております。

為すべきことは見えておりますから。
いざっ。

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これは私が自分に送る
ひとつの区切りでございます。

その当時に何を考えていたのか
ここに記しておくのです。
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